事業承継は、単に経営権や資産の移転にとどまらず、さまざまな法的・財務的問題が複雑に絡み合うプロセスであり、計画的かつ慎重な対応が求められます。その中でも特に注意を要するのが「個人保証」の存在です。
中小企業の経営者は、会社の借入やリース契約などに対して個人で保証をしていることが多く、これが事業承継の際に大きな課題として浮上します。個人保証の取り扱いを誤ると、新旧経営者の双方に不利益が生じる可能性があるため、適切な準備と実務対応が不可欠です。
今回は、事業承継における個人保証の扱いについて、基本的な知識から手続き、交渉のポイント、リスク管理まで、実務に即した形で詳しく解説していきます。
事業承継時の個人保証の扱い
事業承継における個人保証の基本的な扱い
事業承継に際して、現経営者が個人で締結している保証契約(主に銀行借入やリース契約など)の処理方法は非常に重要です。
通常、個人保証はその契約時点の経営者個人を対象としたものであり、会社そのものの承継とは別に、個人保証の責任が継続する場合があります。つまり、会社を引き継いでも、保証責任は自動的に移行しないという点に留意が必要です。
後継者がこの保証を引き受けるには、契約上の変更手続きや、債権者(銀行・取引先など)との合意形成が不可欠であり、場合によっては新たに保証契約を締結し直す必要もあります。また、新経営者側が保証リスクを懸念して引き受けを渋るケースもあるため、慎重な協議と十分な説明が求められます。
保証人の責任の移行プロセス
保証責任を後継者に正式に移行するには、まず現在の保証契約を詳細に精査し、どの債務にどのような条件で保証が付されているのかを正確に把握することがスタート地点です。
契約書の内容に応じて、保証人の変更や追加、または解除などを検討し、必要に応じて契約の修正手続きを進めます。これには、法律専門家(弁護士や司法書士など)の助言を受けながら進めることが望ましく、債権者との協議においても、法的根拠や適正なプロセスを踏まえた対応が必要です。
また、保証内容の移行は単に書類の問題にとどまらず、後継者の信用力や資産状況も審査対象となるため、金融機関との関係性も重要な要素となります。
引き継ぎ後のリスク管理
新経営者が保証責任を正式に引き継いだ後も、そのリスクを管理・軽減する取り組みは継続的に行う必要があります。
たとえば、会社の財務内容が悪化した場合、新経営者が個人資産で負債を補填しなければならない事態を避けるためにも、定期的な財務チェック、キャッシュフローの分析、与信管理の徹底など、経営リスクの可視化とコントロールが求められます。
さらに、保証契約自体も見直しが可能な契約であれば、経営の安定や借入金の返済進捗に応じて保証額の削減や、解除交渉を行うことも視野に入れるべきです。

個人保証の引き継ぎ手続きの詳細
法的手続きの概要
個人保証の移行に関わる手続きは、法律上の手続きと契約上の変更の両面から対応する必要があります。
代表的な手続きには以下が含まれます:
・ 既存保証契約の保証人変更または解除申請
・新保証人(新経営者)との新たな保証契約の締結(事業のための貸金等債務を保証する場合は、公証人による「保証意思宣明公正証書」が必須)
・保証条件の変更(保証限度額、対象債務、保証期間の見直しなど)
・ 債権者による承諾取得
これらのプロセスを進める際には、保証契約の有効性に関わる法定要件(保証意思宣明公正証書、極度額の定めなど)を満たす必要があります。
必要な書類と申請プロセス
保証人の変更や保証契約の再締結には、以下のような書類が一般的に必要となります
・既存の保証契約書
・ 新旧経営者の身分証明書、印鑑証明書
・事業承継契約書または株式譲渡契約書
・会社の定款、登記事項証明書
・財務諸表・事業計画書(後継者の信用力確認用)
・債権者の承認書(あるいは合意書)
これらの書類は、変更内容や関係者の意向を正確に反映する必要があり、作成ミスや不備があると承認が遅れ、結果として事業承継全体に支障をきたす恐れもあります。
引継ぎ手続きの際の注意点
手続き上の注意点としては、次のような点が挙げられます:
・書類の不備や内容不一致による申請の差し戻し
・債権者との事前協議不足による交渉の行き詰まり
・ 法的拘束力の不明確な文書によるトラブルの発生
・複数の債務が存在する場合、それぞれの契約ごとの対応の違い
なお、保証契約は形式を満たさない「仮契約」では効力が生じません。承継スケジュールが長期化する場合でも、必ず適式な保証契約(保証意思宣明公正証書や極度額の定めを備えたもの)や、共同保証・無保証スキームなど正規の方法を用いる必要があります。

新経営者への保証責任の移行方法
責任移行のための契約変更
保証責任の移行にあたっては、契約の内容そのものを見直す必要があります。
具体的には以下のような変更が行われます:
・保証人の交替を明記する契約修正
・ 保証責任の範囲や限度額の再設定(極度額を必ず明記)
・経過措置としての共同保証(旧・新経営者が一定期間共同で保証)
これらはすべて、債権者の同意が前提となるため、契約変更に先立って新旧経営者間で合意内容を整理し、正式な手続きをもって承認を得る必要があります。変更契約には署名・押印に加えて、事業性債務の場合は公証人による保証意思宣明公正証書が必要です。
新経営者との協議ポイント
後継者と保証について協議する際には、以下の点が主要な論点となります:
・保証の対象となる債務の明確化
・保証責任の範囲(全債務 or 一部の借入など)
・保証の有効期間や解除条件の設定
・ 会社財務や返済計画の共有による納得性の確保
こうした項目について、後継者の理解と同意を得ることが何よりも重要であり、場合によっては一部の保証を旧経営者が暫定的に残す「段階移行方式」も検討されます。
事業承継後の個人保証のリスク回避策
リスク回避のための契約条項
保証リスクを最小限に抑えるには、契約書に明確なリスク回避条項を盛り込むことが有効です。
・保証額の上限を明記する「責任限定条項」
・一定の条件を満たした場合に保証を解除できる「条件解除条項」
・財務状況の変化に応じた「見直し条項」や「協議義務条項」
こうした条項は、後継者にとって過度な負担を避け、また債権者にとっても不測の事態への対応策となるため、双方の合意形成を後押しします。
事後のトラブルを避ける交渉術
保証を巡るトラブルの多くは、事前の説明不足や合意内容の曖昧さに起因します。そのため、交渉段階で次のような点を意識することが大切です:
・すべての契約条件を文書化し、明示的に確認する
・予期せぬ債務発生に備えた柔軟な対応条項を設ける
・旧経営者・新経営者・債権者間での信頼関係を築く
・合意内容に基づく手続きスケジュールの共有と管理
このような丁寧な交渉を重ねることで、承継後のトラブル発生リスクを事前に抑制し、全体の事業承継計画の安定化にもつながります。
まとめ
本稿では、事業承継時における個人保証の取り扱いについて、基本的な考え方から、法的・実務的な対応、責任移行の方法、リスク管理策まで包括的にご紹介しました。
個人保証は、目に見えないリスクとして旧経営者や後継者に大きな影響を及ぼしうる要素です。しかし、正しい手順と十分な事前準備、関係者との合意形成を行えば、事業承継の過程で生じるトラブルの多くは未然に防ぐことが可能です。
最も重要なのは、承継を単なる所有権や役職の移転と捉えるのではなく、「経営責任とリスクの移管」として、丁寧に向き合うことです。個人保証の適切な対応が、事業の持続的成長と、経営者およびその家族の安心を支える大きな鍵となるでしょう。