財産を次世代へ、あるいはさらにその先の世代へと、想いを込めて確実に引き継いでいきたいと願うのは、多くの人が抱く自然な気持ちです。
しかし、人生には予期せぬ出来事が起こり得ますし、複数世代にわたる財産承継には複雑な課題が伴うことも少なくありません。
特に、ご自身の判断能力が低下した場合や、相続人が複数いる場合の円滑な財産管理・承継については、どのように備えておけば良いのか、具体的な方法を検討されている方もいらっしゃるでしょう。
家族信託は、こうした現代の多様なニーズに応えるための有効な手段の一つとして注目されています。
家族信託と相続税対策の関連性
直接的な節税効果はない
家族信託は、信託法に基づいて財産を特定の目的のために管理・運用する仕組みであり、直接的に相続税の課税標準額を減らすような節税策ではありません。
信託された財産そのものや、受益権の評価額は、原則として相続税や贈与税の計算対象となります。
例えば、信託契約を結んだからといって、相続財産が自動的に減額されるわけではなく、税務上の計算において特別な控除や減税措置が適用されるわけでもありません。
したがって、相続税の負担を軽減することだけを目的として家族信託を導入することは、その本質とは異なり、効果も限定的であると理解しておく必要があります。
二次相続以降の財産承継を設計できる
家族信託の大きな特徴の一つは、一次相続だけでなく、その後の二次相続、さらには三次相続以降の財産承継についても、あらかじめ設計・指定できる点にあります。
例えば、ご本人が亡くなった後に配偶者へ財産が相続され、その配偶者が亡くなった後、さらにご自身の子供たちへ財産が承継されるという流れを想定した場合、二次相続以降の受益者を誰にするか、どのような割合で承継させるかを、信託契約において具体的に定めることが可能です。
これにより、例えば長男には事業承継のための株式を、次男には自宅不動産、そして孫には教育資金として定期的に分配するなど、複数世代にわたる複雑な財産承継の意思を、より細やかに、かつ確実にかたちにすることができるのです。
遺産分割の指定を柔軟に行える
遺言書による財産承継には、一部の財産に限定される、あるいは相続人全員の合意が必要となるなど、柔軟性に欠ける側面があります。
しかし、家族信託を利用することで、財産の管理・運用と、その受益権の分配を一体のものとして、より広範囲かつ具体的に指定することが可能になります。
例えば、特定の金融資産を信託し、その運用収益を配偶者に生前贈与する形で渡し、最終的には子供たちに承継させる、といった複雑な流れも、信託契約書に明記することで実現できます。
これにより、生前の財産管理から死後の財産承継まで、一貫した計画に基づいた、親の意思が反映された財産分配を実現しやすくなります。

家族信託が相続対策で役立つ仕組み
判断能力低下後も資産管理・運用を継続できる
加齢や病気により本人の判断能力が低下した場合、預貯金の引き出しや不動産の売買といった日常的な資産管理・運用が困難になることがあります。
成年後見制度という選択肢もありますが、家庭裁判所の監督下で行われるため、本人の意思を最大限に反映した柔軟な運用が難しい場合もあります。
家族信託では、あらかじめ信頼できる受託者(家族や専門家)を選定しておき、本人の判断能力が低下した場合でも、信託契約で定められた目的に沿って、その受託者が資産の管理・運用を継続できます。
これにより、生活費や医療費の確保、不動産の賃貸収入の維持、さらには資産価値の維持・向上に向けた積極的な運用なども、途切れることなく継続することが可能となり、本人の生活の質を守りつつ、資産を有効活用し続けることができます。
次世代以降の受取人を指定できる
家族信託では、信託契約によって、財産から利益を受ける権利を持つ「受益者」を、一次相続だけでなく、二次相続、三次相続以降の世代にわたって指定することができます。
例えば、ご本人が所有する不動産を信託し、まずは配偶者にその不動産から生じる賃料収入を受益権として与え、配偶者亡き後は、子供たちに受益権を承継させ、さらにその子供たち、つまり孫世代にまで受益権を繋げていく、といった設計が可能です。
これにより、一代限りの財産承継にとどまらず、長期間にわたり、特定の財産が特定の目的に沿って活用され続けることを保証し、家業の承継や、特定の目的(例えば、将来の教育資金や医療費の保障)のための財産保全といった、継続的な資産管理を実現することができます。
遺言や後見制度ではできない財産管理を委託できる
遺言書は、遺言者の死亡という事実が発生してから効力を発揮するものであり、生前の財産管理や、判断能力低下後の財産管理には対応できません。
一方、成年後見制度は、本人の意思能力が低下した後に、家庭裁判所の監督下で財産を管理する制度ですが、その目的は本人の保護に限定され、積極的な資産運用や、相続人への財産移転を目的とした積極的な財産管理には制約が伴います。
家族信託であれば、本人の存命中から、そして判断能力の有無にかかわらず、信頼する受託者(家族または専門家)に、不動産の売買、株式の運用、事業の運営、さらには寄付など、広範かつ具体的な財産管理・処分権限を委託することが可能です。
これにより、本人の意思に基づいた、より柔軟で積極的な資産管理・活用を実現することができます。

遺言書・成年後見制度と家族信託の違い
遺言書は死後のみ信託は生前も効力を持つ
遺言書は、遺言者の死亡という事実が発生した時点で初めて法的な効力を発揮する「死後効力」の制度です。
そのため、遺言書を作成したとしても、遺言者の生前の財産管理や、判断能力が低下した後の財産運用・管理を円滑に行うことはできません。
しかし、家族信託は、信託契約を締結した時点から効力を持ち、委託者(本人)の生前から、財産の管理・運用を開始することができます。
さらに、委託者の判断能力が低下した場合でも、あらかじめ指定した受託者が信託契約に基づいて財産管理を継続できるため、本人の意思に基づく財産管理を、生前から死後まで、継続的かつ柔軟に行うことが可能となります。
成年後見制度より柔軟な財産管理が可能
成年後見制度は、本人の意思能力が著しく低下した場合に、家庭裁判所が選任した成年後見人が、本人の財産を管理し、身上保護を行う制度です。
この制度は、本人の財産を不当な取引から守り、生活を保障することを主眼としており、その権限は家庭裁判所の監督下に置かれ、積極的な資産運用や、後継者への財産移転を目的とした財産管理には制約が伴うのが一般的です。
それに対し、家族信託では、委託者(本人)の意思に基づき、受託者に広範な管理・運用権限を委ねることができ、例えば、不動産の売却や積極的な投資、あるいは特定の受益者への定期的な分配といった、より柔軟で積極的な財産管理・活用が可能です。
家族信託ならではの受取人指定の自由度
遺言書では、相続人以外への財産贈与には遺留分への配慮が必要となる場合があり、また、受取人を一代限りでしか指定できないという制約があります。
成年後見制度は、財産管理は行いますが、受益権の指定といった概念は存在しません。
家族信託では、信託契約において、受益者を孫やひ孫、あるいは特定の団体やNPO法人など、遺言では指定が難しいような多様な対象に、複数代にわたって、さらには特定の条件(例えば、大学を卒業したら、といった条件)を付けて指定することが可能です。
この受益権設定の自由度の高さは、長期的かつ複雑な財産承継の意図を正確に実現したい場合に、家族信託が持つ独自の強みと言えます。
家族信託による相続円滑化・資産管理のメリット
意図した通りの遺産承継を実現できる
家族信託では、信託契約書に、誰に、いつ、どのような財産を、どのような条件で承継させるかを具体的に明記することができます。
これにより、生前の本人の意思や、各相続人に対する想いを、財産承継の形で正確に実現することが可能になります。
例えば、特定の事業用資産は長男に、自宅不動産は長女に、そして孫の将来のために教育資金として毎月一定額を、といった細やかな意思表示を、法的な拘束力を持つ契約として残すことができます。
これは、遺言書だけでは実現が難しい、複雑な財産承継の意向を反映させる上で、非常に有効な手段となります。
財産価値の維持・向上を目指した管理ができる
信託された財産(不動産、株式、預貯金など)の管理・運用を、専門知識や経験を持つ信頼できる受託者(信託銀行や弁護士、司法書士など)に委託することで、財産の価値維持に留まらず、その向上を目指した積極的な運用を行うことが可能になります。
例えば、不動産を信託し、受託者がリフォームや賃借人募集を積極的に行うことで賃料収入の増加を図ったり、成長が見込める株式へ投資することで資産価値の増大を目指したりすることが期待できます。
これにより、単に財産を次世代に引き継ぐだけでなく、より豊かな資産状態で承継させることが可能となります。
相続人同士の争いを未然に防ぐ効果
遺産分割協議においては、特に不動産や事業用資産など、評価や分割方法で意見が分かれやすい財産に関して、相続人同士の争いに発展するケースが少なくありません。
家族信託では、あらかじめ信託契約で財産の受益者や管理方法、承継先などを明確に定めておくことができます。
これにより、相続発生後に「誰がどの財産を相続するか」という遺産分割協議の対象が限定され、あるいは明確化されるため、相続人間の不満や誤解、それに伴う争いを未然に防ぐ効果が期待できます。
複雑な財産承継の意思を明確にすることで、相続人間の円満な関係維持にも繋がります。
まとめ
家族信託は、直接的な相続税の節税効果を主目的とするものではありませんが、次世代以降の財産承継を細かく設計できる点や、本人の判断能力低下後も資産管理・運用を継続できる点において、相続対策として非常に有効な手段となり得ます。
遺言書が死後のみ効力を発揮するのに対し、家族信託は生前から活用でき、成年後見制度よりも柔軟で積極的な財産管理を委託できるという、独自のメリットを持っています。
意図した通りの遺産承継を実現し、財産価値の維持・向上を目指し、さらには相続人同士の争いを未然に防ぐ効果も期待できる家族信託は、大切な資産を将来にわたり守り、円滑に引き継いでいくための強力なパートナーとなるでしょう。